2012年4月11日水曜日

法の感情

最近、ソーシャルゲームに対する風当たりが強くなってきている。
法による規制も検討されているそうだ。

ソーシャルゲームの、データに対する課金や、それにともなう個人間での売買行為は、法の目にはパチンコのような賭博に見えるらしい。 しかし、ソーシャルゲーム市場は、多くの雇用を生み出すことにも成功している。何十、何百というタイトルが10人を超えるチームから日々生み出され世にリリースされ続けている。それだけの人数を雇えるだけのお金を生み出し、実際それによって雇用を生み出しているシステムを裁く法の感情とはなんだろうか。

そこではどんな感情で意志決定が行われるのだろう。独裁ではなく多数決ではあるが、一人ひとりに感情があり、それを主張しているはずだ。 そこには、悪を裁く正義があるのだろうか。その正義とはなんだろうか。はたまた雇用を生み出している実情を知らない無知によるものか、正義と悪とまではいかなくてもなんらかの道徳によるものなのか。そしてそれは多数決で決めてよいことなのか。 

私もこれから組織やコミュニティを運営し、決断を下さなければならない場面に直面していくことだろう。その際に、私は皆の納得のいく結論に正しく導いていくことができるだろうか。 正義とは何か。意志決定の感情とは何か。これから学び続けていかなければならない。